第2章 — 「技術」を売るな。仕事の本質は「喜ばれる人になること」

アニキの教えと「自分を底辺に置く」覚悟

「誰かに頼らなければ生きていけない」とようやく気づいた私は、すがるような気持ちで自己啓発の本を読み、YouTubeで成功者のインタビュー動画を探し続けました。そんな日々の中で出会ったのが、「バリのアニキ」と呼ばれる大富豪の方の教えでした。

動画は全部観ました。書籍も買って読み込みました。プライドだけが高かった当時の私には、耳が痛くて、でも強烈に突き刺さる言葉ばかりでした。

「自分を底辺に置くんや」

「相手のことを自分事の様に考えるんや」

「便利な奴になれ」

「かわいがられろ」

「自分なんかない、無我や」

真似できることは、全部試すことにしました。

まずは身近なところからです。荷物を届けてくれる配達員の方々に、暑い日は冷たい飲み物を、寒い日は温かいカイロを渡すようにしました。仕事のメールを打つときも「どうすれば相手に気持ちよく伝わるか」を考えて、1通に3時間以上かけて、気づいたら朝になっていたこともあります。

「普通にやっていたら納品が間に合わない」という開発案件があれば、我慢してやりました。「寝るな」という教えの通り、睡眠4時間を3週間続けたこともあります。これは少し後の話になりますが、32時間ぶっ通しで仕事に向き合ったこともありました。相手のためにできることを、ひたすら地道にやり続けた時期でした。

知覧で流した涙と「for you」の精神

そんな折、本屋で平積みされていた一冊の本のタイトルが目に飛び込んできました。永松茂久さんの『喜ばれる人になりなさい』です。

私はこの本を、泣きながら読みました。相手のことを思って行動すること、「for you(あなたのために)」の気持ちでいること。そういうことが書いてある本でした。

その中に、「人生に迷ったら知覧に行け」という言葉がありました。居ても立っても居られなくなって、鹿児島の知覧特攻平和会館まで実際に行きました。

正直に言うと、当時の私には「仕事するのが億劫だな」「今日はこのくらいでいいかな」と思う日がありました。知覧で先輩方の遺書を読んだとき、そんな自分が恥ずかしくて、声を上げて泣きました。家族や友人や恋人に平和に暮らしてほしい、その思いだけで戦地へ向かった先輩方がいて、その方たちが守ってくれた今日を自分は生きている。そう思ったら、「今日を精一杯生きなければ先輩方に失礼だ」という気持ちが骨身に染みました。

知覧では、特攻隊員たちに「特攻の母」と慕われたトメさんゆかりの富屋旅館にも泊まらせていただきました。そこでお孫さんからいただいた言葉が、忘れられません。

「『道徳』という言葉を知っていますか?どういう字を書くか知っていますか?道徳の『道』の字は、自分の進む道——たとえば自分の生業、仕事のことだと思ってください。道徳の『徳』の字は、良き行いをすること。自分の仕事で良き行いを心がけてください。自分で目標を決めてください。その目標に向かって精進することです。その目標が達成されたらまた次の目標を決めてください。それを繰り返すのです。終わりはありませんよ。」

この言葉は、いまも仕事のたびに思い出しています。

気づいた時には、仕事がなかった

こうした教えに出会って、私の価値観は180度変わりました。

それまでの私は、仕事というのは「自分が持つ技術やサービスの対価として報酬をもらうこと」だと思っていました。そうではなくて、目の前の人に喜んでもらって、その結果として報酬をいただくのが仕事で、自分が誇ってきた技術や知識は、人を喜ばせるための手段のひとつでしかなかった。ようやくそこに気づいたんです。

ただ、皮肉なことに、それに気づいた時には、傲慢だった私のまわりから人は離れていて、抱えていた仕事はゼロになっていました。

誰かを喜ばせたい。その気持ちだけが空回りする中で、私にできることはひとつしか思いつきませんでした。近所のゴミ拾いです。仕事がなくても、お金にならなくても、目の前の小さなことでいいから、誰かのためになる「良き行い」をしたかったんです。

このゴミ拾いがのちに1500万円の仕事につながるなんて、当時は想像もしていませんでした。


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