Q. どうやって仕事をもらうのか?
→ まずは、目の前の人を大切にする。忘れた頃に返ってくる(かも)。
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「どうやって仕事をもらっているんですか?」
独立した友人からこう聞かれるたび、私は「先に差し出すことだよ。ただし、すぐに返ってくることは期待しないで」と答えています。
独立して7年になりますが、振り返ると、仕事をいただけた場面のほぼすべてに、何年も前に蒔いた種がありました。それも「いつか仕事につながるかも」と思って蒔いた種ではなくて、ただ目の前の人のために動いたことが、数年後に、まったく予想していなかった形で仕事になっていた。そういうことばかりなんです。
この章では、私が経験した「時間差の収穫」の話をします。
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最初の仕事は「朝5時まで粘り強くやり切った姿」が呼んだ
独立して最初にいただいた契約は、新規の営業先からではありませんでした。会社員時代にお世話になっていた取引先の開発部次長が、私の独立を聞きつけて、わざわざ連絡をくださったんです。
なぜ声をかけてもらえたのか。思い当たるシーンがあります。
会社員時代、展示会に向けたコンセプト機器のデモンストレーションを担当していた時のことです。展示会の前日、会場でセットアップをしていたら、致命的なトラブルでシステムが全く動かなくなりました。原因をひとつずつつぶしていって、動作確認が終わったのは翌朝の5時。開場まであと5時間というギリギリでした。
一番驚いたのは、取引先の社員の方々がその時間まで一緒に見守ってくれていたことです。申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、皆さんが笑顔で「よくやってくれた!」と言ってくださったことは、いまでも忘れられません。
仕事って、「博士号」や「元ソニー」という肩書きが取ってくるものではないんですよね。トラブルから逃げずに朝5時までやり切った姿を見ていてくれた人がいたから、独立後の最初の仕事を任せてもらえた。そういうことだったのかもしれません。
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ゴミ拾いが、1500万円の仕事に変わるまで
前の章でお話しした通り、独立当初の私は「仕事がなくても、誰かのためになる地味な良き行いをしたい」という一心で、近所のゴミ拾いを始めました。はじめは住まいの周辺を10分くらい。3ヶ月後には、隣の地区まで1〜2時間かけて歩くようになっていました。
ある朝、近所のゴミ集積所がカラスに荒らされているのを見つけて、散らかったゴミを片付けていると、近所に住む50代くらいのお父さんに声をかけられました。口調はケンカ腰でした。
「あなた、ここで何をやってるんですか!」
まあ、怪しい人物に見えて当然です。私は焦りながら事情を説明しました。その日はそのまま別れたのですが、帰り道にずっと考えていました。この方に対して、自分にできることは何だろう、と。
翌日、近所で問題になっていたカラスのゴミあらし対策の製品を買って、メッセージと名刺を添えて、そのお父さんの家のポストに入れました。
「この間は驚かせてしまいすみませんでした。ゴミ集積所にご利用いただければと思い、カラス除けの製品を贈らせてください。」
仕事につながるかも、という計算はありませんでした。ただ、アニキの「20年30年と関係を続けるつもりで人と接しなさい」という言葉が頭にありました。怒鳴ってきた相手でも、これから何十年もご近所として生きていく方かもしれない。だったら誠実でいたいなと、それだけでした。
後日、お父さんからメールが届きました。お寿司屋さんに連れて行っていただけるとのことでした。
席で私の経歴と独立の経緯を話すと、お父さんはじっと聞いてくれて、「今度、知り合いに紹介するから」と言ってくれました。
2週間後、お父さんは水道管工事会社の常務の方を連れてきてくれて、3人でランチをしました。お父さんはかつてその会社で働いていて、上司の方と仲が良かったんです。
常務の方とお話ししていると、「うちではお願いできる仕事が少なそうだな……」とのことでした。ただ、その後にこう続けてくれたんです。「ちょうど昨日、インフラ会社の部長が来ていてね。すぐに電話してみるよ」。前の日にたまたま来ていた方が、翌日には私の話を聞いている。不思議なご縁でした。
そのインフラ会社の部長の方と、月1回のランチが始まりました。電話は隔週でしていました。私はプログラミングやAIのことをお話しして、逆に部長には「仕事の取り方」や「従業員への接し方」を聞きました。最初は正直、「時間だけ取られてしまうかもな」という気持ちが頭をよぎることもありました。でもアニキの教えを思い出して、「自分のために時間を割いていただいているんだ。大先輩に聞けることはたくさんある」と考えを切り替えてからは、毎回のランチが楽しみになりました。「単なるランチ仲間で終わるかもしれない」という不安がなかったと言えば嘘になります。その不安があったから、自分から質問し続けた気もします。
1年後、部長から相談がありました。
「AIを使ってコンクリートの劣化診断ができないか調べてほしい。プロジェクトに参加してもらえないか」
独立2年目。このご縁からいただいた最初の仕事は、400万円の案件でした。
そこからの広がりは、自分でも驚くほどでした。研究の深掘り、AIの実証実験、電力会社グループの法令調査AI、設計業務のAI化と、案件は毎年形を変えながら続いていきました。このご縁からいただく仕事の売上は、2年目に400万円だったものが、3年目500万円、4年目1300万円、5年目には1500万円になっていました。
最初の一歩は、ゴミ集積所でカラスに荒らされたゴミを片付けたことでした。
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夜8時に友人を帰らせた夜
あれは、取引先から急な連絡が来た夜8時頃のことです。自宅で友人と食事をしてくつろいでいたら、一通のメールが届きました。翌日のデモの直前に、ロボットが動かなくなったという内容でした。
すぐに「オンライン会議で対応できるか試しましょう」と返信して、画面越しに復旧を試みました。ダメでした。明らかにオーバーヒートしている状態でした。
「最悪、動かないことも想定されます。代わりのロボットを持っていくしかないです」
そう伝えて、友人には事情を話して帰ってもらい、車にロボットを積んで夜の道を走りました。翌朝のデモは、無事に終わりました。
この話をGiveの文脈でわざわざするのには、理由があります。
その翌年、私は独立してから最大のピンチを迎えました。警察官を名乗る詐欺師に騙されて、全財産を失ったんです。取引先への支払いや税金の引き落としが迫る中、私は取引先の何社かに事情を説明して、入金を前倒しにしてもらえないか相談しました。
「特殊詐欺の被害に遭ってしまい……」
普通なら恥ずかしくて隠したくなる話を正直に伝えると、多くの方が動いてくれました。その中に、あの夜のデモのお客様がいたんです。
「仕事を増やせるか、上に頼んでみますね」
夜8時のメールに返信してから、1年ほどが経っていました。私にとっては数ある対応のひとつでしたが、相手はあの夜のことを覚えていてくれました。Giveが返ってくるときって、いつも予想していなかったタイミングで、予想していなかった方向から返ってくるんですよね。
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「返ってこなくてもいい」と思っていた
前職のロボットベンチャーで働いていた頃、インターン生の学生から進路相談を受けたことがあります。「ドクターに進むべきか、起業すべきか」と真剣に悩んでいて、私は何度か話を聞きました。それ以降は特にやり取りもなく、時間が経ちました。
見返りを期待していたわけではないので、私にとっては、それで終わった話でした。
この話の続きは、第6章でお伝えします。
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Giveは「行為」ではなく「在り方」だ
あるスタバで、混雑した店内に2つ目のレジが開いた瞬間、私はその担当スタッフに声をかけました。
「レジを開けてくれてありがとうございます。視野広いですね」
「レジを開けた」という行動ではなくて、「忙しい中でお客様を気にかけられる人なんですね」ということを伝えたかったんです。
オフィスビルの清掃員さんとすれ違うたびに「お疲れ様です!」と声をかけるようになったのは、ゴミ拾いを経験して、あの大変さと有難さが体に染みているからです。
どちらも、仕事を取るための営業ではないんです。ただそういう人間でいたい、というだけの話です。
「どうやって仕事をもらうのか」という問いへの、私の本当の答えは、たぶんここにあります。
仕事をもらうためにGiveをしていると、どこかで疲れてきます。返ってこなかった時に、傷ついてしまうんですよね。それがだんだん自分の普段の在り方になってくると、返ってくることを期待しなくなって、不思議なもので、期待をやめた頃に思いがけない形で収穫がやってくる。そんな気がしています。
ゴミ拾いをしていた無職の私に1500万円の仕事が生まれるまで、4年かかりました。進路相談に乗っていた学生から仕事の話が来るまでも、数年かかっています。夜8時に友人を帰らせて走った夜の恩返しは、翌年にやってきました。どれも、種を蒔いた時点では、収穫の予定なんてまったくなかったものです。
次の章へ → 第4章 — 「期待にコミット」