限界を突破するマインドセットと、神様が繋ぐ出会い。
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最終面接の朝に届いたメール
独立2年目に入った時、私の手元に仕事はありませんでした。1年目の通年契約が更新されず、収入はゼロ。見通しもなくて、フードテック系のロボットベンチャーへの就職を本気で考え始めていました。独立を続けるという選択肢は、正直、頭の中から消えかけていました。
最終面接の当日の朝、一通のメールに気がつきました。
差出人は、前職のロボットベンチャー時代のインターン生でした。「ドクターに進むべきか、起業すべきか迷っています」と相談してきた、あの学生です。数年ぶりの連絡でした。内容は、ドリップコーヒーロボットの開発案件を一緒にやらないか、という打診でした。
「面接が終わってから対応しよう」と思いながら、私は面接に向かいました。
面接の結果は、合格でした。
でも、採用の連絡を受けた時、私は辞退を選びました。あのタイミングであのメールが来たことが、「神様に続けろと言われているような気がした」んです。
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依頼主は、ECサイトを運営するIT企業でした。自社でカフェ事業も手がけていて、その一環でコーヒーロボットを作りたいというプロジェクトでした。
初回の打ち合わせに向かう前、私にはひとつ武器がありました。独立1年目に自分でスクラッチで作った、6軸ロボットアームの動画です。「予算がない開発者でもロボット開発ができる環境を作りたい」という思いで独立前から開発していたもので、3Dプリンタで出力できる設計にしていました。「自宅に置きたくなるロボット」を意識してデザインして、3つのユニットの組み合わせでシンプルな外観と設計コストの両立を狙ったものです。
オンライン会議でその動画を見せると、社長から「これ、一人で作ったんですか?1人で作れるモノなんですね」と言っていただきました。
プロジェクトが始まりました。
最初のコンセプトを練る段階で、私は迷いました。お客様のご要望を全部盛り込むと、インパクトに欠ける製品になってしまう。思い切って要望の一部を削って、「自分が良いと思うもの」のイメージをCADで動画にして提案しました。社長は、すんなりOKを出してくれました。
モーター3基のコーヒーマシンシステム、外装のデザイン、塗装、レシピ登録用のGUI開発。全工程を一人でこなす、11ヶ月・700万円のプロジェクトでした。
最初のプロトタイプをお見せした時、社長の顔と声が変わりました。後日、こんな言葉をいただきました。
「当初はプロトタイプを見てここで終わりにしようと思っていたんだけれど、実際に見たら可能性を感じてもっと先までやりたくなったんだよね」
この言葉は、いまも心に残っています。
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コーヒーを一杯、振る舞った場所で
コーヒーロボットが完成した後、私は前職の同僚の紹介で、バイオサイエンス系の研究員の方から実験自動化の仕事をいただいていました。SCARA型ロボットアームで実験機器の操作を自動化する、3ヶ月・250万円の案件です。
その納品からしばらく経った頃、神戸で勉強会が開かれました。研究員の方が登壇される回でした。
私はコーヒーロボを車に積んで、その勉強会に持って行きました。休憩時間にコーヒーを一杯ずつ振る舞いながら、参加者の方々と言葉を交わしていました。
そこで、一人の大先輩と目が合いました。50代、私と同じ大学の出身で、大手ロボットメーカーに10年以上勤めてきた方でした。コーヒーロボを一通り見た後、大先輩はぼそりと言いました。
「ここまで一人でできるなら、月120万円は払えるな」
うれしかったですね。金額そのものより、1年目から積み上げてきたものがちゃんと誰かの目に届いたんだな、と思えたことが。
その後、大先輩からは仕事の機会をいただいて、いろいろなアドバイスも受けるようになりました。なぜ私に手を差し伸べてくれたのか。ご本人に直接聞いたわけではないのですが、「独立して頑張っている後輩を応援したい」、後輩としてかわいがってやろう、と思っていただけたのではないかと感じています。意見に対して「そうですね、気を付けます、ありがとうございます」と素直に言えるかどうか。横柄な態度を取らず、自分を大きく見せようとしないかどうか。見ていただいていたのは、技術の高さよりも、たぶんそっちの方です。
コーヒーロボは、ベンチャーへの就職をやめさせて、神戸で大先輩と引き合わせてくれました。作った時には、そんなことになるとは思ってもいませんでした。
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「タイミング」と「人」はコントロールできない
コーヒーロボットの話が来たのは、最終面接の朝でした。あの日じゃなかったら、あのメールを見ていなかったら、私はいまごろそのベンチャーで働いていたかもしれません。大先輩と出会った神戸の勉強会も、研究員の案件がなければ呼ばれていませんでしたし、そもそもコーヒーロボを持って行こうという発想も生まれていませんでした。
振り返ると、「ご縁」には3つの要素があるように思います。タイミングと、人と、自分の在り方です。
このうちタイミングと人は、自分ではどうにもなりません。いつ誰と出会うかは、コントロールのしようがない。自分で変えられるのは、「自分の在り方」だけなんですよね。
コーヒーロボを作ったのは、目の前の仕事に一作入魂で取り組んでいたからです。インターン生の進路相談に乗ったのは、ただその人のことが気になったからです。勉強会にコーヒーロボを持って行ったのは、そこにいる人たちに喜んでほしかったから。どの時点でも、何かにつながる計算はしていませんでした。ただ、在り方だけをそうやって積み重ねていたら、タイミングと人の方が、あとから揃っていった気がします。
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TEGAMI Robotics という名前の意味
独立3年目に、私は法人化しました。
社名を考える段になって、忙しさから「適当に決めてしまおうか」と思う瞬間もありました。でも、3年の節目に、この3年間で自分が何を大事にしてきたかを振り返ってみようと考え直したんです。
まず浮かんだのは、会社員時代の違和感でした。上司や先輩からの気まぐれな指示、見えない目標、「何のためにこの仕事をしているのか分からない」という日々。そこから逃げるように独立して、初めてお客様と直接向き合うようになった時、「誰のために」「何を届けるか」がはっきりして、「自分が人の役に立っている」という実感が生まれました。
この「届ける」という感覚を言葉にしようとした時、頭に浮かんでいたのは、アート作品や料理や本のことでした。ジャンルは違っても、どれも「届ける相手がいるモノづくり」です。ロボット開発も同じだよな、と。
「思い」と「届ける」を同時に表すシンプルな言葉を探していたら、「手紙」に行き着きました。
ちょうどその頃よく観ていたアニメ「ヴァイオレット・エバーガーデン」の影響もあったと思います。手紙を代筆する仕事を通して人の感情に触れていく物語で、まさに「思いを形にする仕事」が描かれていました。「手紙」という言葉が自分の仕事を表す言葉として腑に落ちたのは、あの作品が好きだったからかもしれません。
こうして「TEGAMI Robotics合同会社」という名前が生まれました。「どうして『手紙』なんですか?」と聞かれるたびに、こう答えています。
「単純に技術が好きでロボット開発をしているわけではなく、届ける相手のことを思いながら仕事をしたいという精神的なところを大切にしています」
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コーヒーロボットを開発していた11ヶ月の間、「この仕事がなくなったらどうなるんだろう」という不安は、正直ずっとありました。でもその不安より先に、「いま目の前のことを一作入魂でやろう」という気持ちがありました。
インターン生の進路相談が700万円の案件になって、勉強会で振る舞った一杯のコーヒーが「月120万円払える」という評価になった。魂を込めて作ったものが、思ってもいなかった場所まで運ばれていく。「ご縁」について私が分かっているのは、いまのところこのくらいです。
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