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ここまで、余裕、言葉、頼まれごと、会いに行くこと、と在り方の話を続けてきました。最後の章は、もう少し生々しいお金の話です。
在り方とお金は別の話に見えるかもしれませんが、私の経験では、お金の決断こそ、その人の在り方が一番はっきり出る場面でした。
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受注前に、400万円を仕入れた
独立5年目のことです。私の仕事を「月120万円払える」と評価してくださった大先輩のご紹介で、ある研究機関から遠隔操作ロボットの開発案件をいただこうとしていました。第一部でお話しした、夜8時にロボットを運んだ、あの案件です。
当初の構成は双腕ロボットだけでした。ところが受注前の打ち合わせで、「移動もさせたい」というご要望をいただいたんです。
ここで問題がありました。最初のデモの日程はすでに決まっていて、そこから車体の納期を逆算すると、「ただちに発注しないと間に合わない」状況でした。それなのに、正式な発注はどうしてもデモの後になる、というのです。
つまり、受注できるか分からないまま、400万円の全方向移動ロボットの車体を自腹で先に仕入れるかどうか。そういう決断でした。新規のお客様でしたから、感覚としては賭けに近いものでした。
それでも私は、発注に踏み切りました。理由は2つあります。
ひとつは、「そもそも仕事って、喜んでいただいてなんぼだよな」という気持ちでいられたことです。デモの日に間に合わせることが、目の前のお客様に一番喜んでいただける道でした。
もうひとつは、実は保険をかけていたことです。「受注できなくても、全方向移動ロボットは手元に残る。それなら自社開発に使えばいいか」と考えていました。最悪のケースでも無駄にはならない算段があったんです。思い切りがいいように見えて、裏ではちゃんと逃げ道を作っていたわけです。
発注したことを先方にお伝えすると、こんな言葉が返ってきました。
「え、本当に発注したの。ありがたいんだけど、大丈夫? でも、やれることはこちらでもやっておくね」
結果として、無事に発注をいただけました。面白いことに、先に動いたぶんの信頼が乗ったのか、お見積りの金額のままご発注いただけました。
実は、これには前例がありました。独立3年目、実験自動化の案件の時に、「あの3Dプリンタがあれば仕上がりも強度も良くなるな」と思って、手元資金120万円の状態で100万円の3Dプリンタを買ったことがあります。「20万円あれば次の入金まで食いつなげるから大丈夫」という感覚でした。一般的な金銭感覚ではないと思います。でも当時の私の中では、あれは「余裕の範囲」だったんです。
誤解のないように書いておくと、これは「借金してでも投資しろ」という話ではまったくありません。どちらの決断も、「すぐに生活に支障が出る金額ではない」という判断が土台にありました。余裕の範囲で、思い切る。この順番を間違えてはいけないと思っています。
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値下げを頼まれた時——応じた話と、応じなかった話
次は値下げの話です。正直に言うと、値下げ交渉については、私もまだ「これだ」という方法論を持っていません。代わりに、応じた例と応じなかった例をひとつずつ、ありのままお話しします。
応じた例です。大阪の企業からロボット開発のご依頼をいただいて、私は1000万円のお見積りをしました。先方からはこう言われました。
「すみません、予算がどうしても700万円までなんです。何とかなりませんか?」
機能を削っても700万円に収めるのは難しい内容でした。でも、続くお話を聞いて気持ちが変わりました。
「会社の中でも、我々は新設の部隊でして。予算を増やすことが難しいのです。何とか予算内でお願いしたいです」
それを聞いて、私はこうお伝えしました。
「そうですか。では、今回のプロジェクトで何としても成果を上げて、次期の予算獲得につなげたいですよね。私も協力させてください」
この時の私は、「担当者の方が来年以降、社内でうまく立ち回れるように」という気持ちでいました。開発内容がそれほど難しくなくて、自分に余裕が保てる状況だったことも大きかったです。これから10年20年とお付き合いするのであれば、無理のない範囲で頑張ろうと思えました。
応じなかった例です。仲介業者の方から、かなり難易度の高い工場自動化の案件をご紹介いただきました。打ち合わせはうまくいって、「先方もぜひ契約したいとおっしゃっています」とまで言っていただけました。ところが、本来こちらから金額をご提示するところ、先方から先に月額の報酬額を提示されたんです。その金額は、案件の難易度に対して見合わないと感じる水準でした。私は、それより少し高い金額をお願いしました。その金額であれば、融通を利かせながら無理なく対応できると考えたからです。
結果、話し合いが深まらないまま、案件は流れていきました。「もう少し話し合えたら良かったのに。金額が合わない理由が分かれば、対応できたかもしれないのに」と思った案件でした。
このふたつを並べてみて、私なりに見えてきた判断基準は「相手の本気度」です。応じた例では、先方は事情を打ち明けて、一緒にやりたい理由を伝えてくれました。応じなかった例では、金額だけが行き来して、対話がありませんでした。値下げされた金額のまま仕事をするというのは、「軽く扱われたまま」働き続けることになりかねません。それだと、10年20年のお付き合いは難しいと思うんです。
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「値下げは徳」なのか——こうちゃんへの質問
ここでひとつ白状します。私はある時期、「徳を意識するなら、価格を下げて差し上げるのが良い、という考え方もできるんじゃないか。でもそれは自己犠牲にもつながる気がする」という疑問を持っていました。
徳の学校で、こうちゃんに直接ぶつけてみました。返ってきた答えはこうでした。
「商売人はね、『仕入れを抑えて利益を出すこと』が腕の見せ所だよね。そもそもの商売の視点が大切でね。限りある元手で、どれだけ多くの利益——つまり価値を、提供できるかなんだよ」
これを聞いて、「そうか、そもそもその視点が欠けていた」と思いました。値下げするかしないかの二択で悩んでいた私の手前に、「限りある元手で、どれだけ多くの価値を届けられるか」という問いがあったんです。この視点は、私がずっと意識してきた「どうやって便利な奴になるか」「どうやってお役に立つか」と、ちゃんと重なっていました。
なので、いまの私の結論はこうです。きちんとサービスと自分の価値を説明した上で、「この価格なんです」と言えること。それが一番良いんだと思っています。
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「無料」という値段の使い方
最後に、値段の一番端っこの話をします。無料の話です。
私は、仲介業者の営業の方から案件のご相談をいただいた時、1時間程度で文章化できる範囲なら、無料で具体的な提案をお伝えするようにしています。「〇〇という技術を応用すると、課題解決につながると思います」というところまで踏み込んで書きます。
たとえば「社員向けのソフトウェア開発セミナーを開いてほしい」というご相談に、「そもそも、社員の皆さんのモチベーションが気になっているのではないですか?」という質問を返したことがあります。私自身、同じようなセミナーをやって、「参加しろと言われたので来ました」という空気を変える難しさを経験していたからです。セミナーよりも、社員の方々が意欲的に創造できる環境づくりから始めることをご提案しました。
なぜ無料でやるのか。なぜそれで疲れないのか。線引きがあるからです。「1時間程度」と決めているんです。それなら他の業務への影響は少ないですし、しつこく根掘り葉掘り聞いてくる方がいらっしゃっても、自分の中で納得して続けられます。ちなみにこの「1時間」という感覚は、月120万円と評価してくださった大先輩の仕事の仕方を聞いて盗んだものです。
ある時、精一杯の提案をしたのに、案件が別の方に決まったことがありました。営業の方は丁寧に伝えてくださいました。「報酬の面で合意できれば、ぜひ田中さんにお願いしたかったと先方はおっしゃっていました」。
その時は実りませんでした。でも2年ほど経って、別の営業の方から連絡が来たんです。
「田中さんは、うちのチームでも話題になることが多くて。別チームの者に相談したら、『その案件なら田中さんはどう?』と勧められました」
無料の提案は、その案件のためだけのものではなかったんですね。誰かが見てくれている。それを実感した出来事でした。
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値下げに応じてばかりで、消耗しているあなたへ
もしいま、あなたが値下げに応じてばかりで苦しいなら、お伝えしたいことがあります。
最初は、値下げに応じて目の前の利益を取りに行っても良いと思うんです。まずは自分を少しでも満たしていくことにフォーカスして良い。口座に500円しかないような状況の方は、なおさらです。無料のGiveも先行投資も、余裕ができてからで大丈夫です。それまでは、いまある仕事のクオリティを上げることに集中してください。誰かが見てくれていると思います。
その次の一歩は、こうちゃんの言葉を借りると「自分をねぎらってあげること」です。
「よくやってるね」「私の技術やサービスって、なかなかいけてると思うんだよね」
そう思えていると、お客様に価格を説明する時に気後れしなくなります。第一部でお話しした「高いんだよ!」と怒鳴られた日の私は、自分の声の自信のなさが相手に伝わっていました。自分のサービスを自分が好きでいられると、不思議と値下げもされにくくなっていくようです。正直に言うと、これについては私もまだ研究している最中なんですが。
お金の決断で私が意識してきたのは、結局のところ、自分の余裕の範囲で思い切ることと、相手の本気度にはこちらも本気で応えること、それから、自分の価値を自分でちゃんと認めてあげること。このあたりに尽きる気がします。
次はいよいよ、この第二部の結びです。
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