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蓋を開けられた製品
独立2年目、私は飲食店向けのIoT計量器を作っていました。料理の容器の下に置くと、残量を感知して厨房のモニターへ通知する。そんな仕組みを自分で構想して、スクラッチで作り上げた製品でした。
ちょうどそこへ、独立して最初のお客様である次長の方から「料理の残量を厨房に伝えるシステムは作れないか」という相談が来ました。自分が開発中のものと、ほぼ同じ構想でした。
「ちょうど作っているところでしたので、展示会であれば無料でお貸しします」
私からそう申し出ました。最初にお仕事をくださった方への恩返しがしたかったんです。
飲食業界向けの展示会の当日、私は現地に行って、配線と動作確認を済ませました。来場者の少ない初日の午前中は、ブースで興味を持ってくれた方々に声をかけて、継続動作も確認できたので、午後には次長の方に挨拶をして帰りました。他の案件も進めなければ、という計算がありました。
数日後、「打ち合わせがしたい」と連絡が来ました。オンライン会議に入ると、画面の向こうに、蓋を開けられた状態の私の製品が映っていました。
「この構造はどうなっているんですか」「このセンサーの仕組みを教えてもらえますか」
無償で教えるには踏み込みすぎた質問が続きました。打ち合わせの後、私はメールで「至急ご返送をお願いしたいです」と伝えました。
「ご希望通りお返しします」
とだけ、返ってきました。その後、案件の相談は来なくなりました。
私はひどく傷ついていました。善意でやったことが、こんな形で返ってくるのか、と。当時の正直な気持ちを書くと、「こんなことをされてかわいそうな私を、誰か慰めてほしい」でした。
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その1〜2年後、私はバリ島にいました。
書籍とオンラインサロンで学んだアニキの教えを実践し続けて、少しずつ人生が変わり始めていた頃です。その成果と感謝を直接伝えたくて、バリ島までアニキに会いに行ったんです。
滞在中、アニキの運転する車に乗せていただいていた時のことです。アニキが急に秘書の方々へ「おい、ライブ配信するぞ」と指示を出して、ものの数十秒でオンラインサロンのライブ配信が始まりました。戸惑う私に、アニキは一言、「質問あるんやろ」。私は準備してきた質問を順に繰り出していって、その中で、あの展示会の件を話しました。
「展示会に、なんでお前が張り付かなかったん? お前が営業して、お客さん捕まえたれよ」
頭をぐるりと掴まれた感覚がしました。
「かわいそうな私」という気持ちは、その一言で消えました。なぜ相手はそういう行動をしたのか。そういう行動をさせてしまった原因は、自分の側にもあったんじゃないか。そっちを考えないといけなかったんです。
初日の午後に帰ったのは、効率を選んだからでした。いま振り返ると、あれは心に余裕がなかったということでもあったのかもしれません。目の前の人のために何ができるかを考えるには、余裕が要ります。余裕がないと、知らないうちに自分のことで精一杯になっていくんですよね。あの日の私は、恩返しのつもりで製品を貸しながら、肝心の「目の前にいるお客様のために徹底的に動く」ことができていませんでした。
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相手の言葉の一段奥にあるもの
HiPro Biz を通じて初めて受けた案件は、板金工場の自動化でした。第4章でお話しした案件です。
担当の方から最初にいただいた言葉は、「AIで工場の自動化を進めたい」でした。
ただ、話を聞き続けていると、少し違う輪郭が見えてきました。「AIを導入したい」というより、特定の工程での繰り返し作業を人の手から外したい。そっちが本当に解決したい課題のように思えたんです。
「AIを導入するというよりも、○○の工程を自動化したいということですよね」
確認するようにお伝えすると、相手はすんなり「そうです」と言ってくれました。
そこからは技術コンサルタントとして課題を整理しながら、ロボットアームの開発と物体認識のプログラムを書き続けました。正直、当初の見積もりの範囲は超えていました。でも、1年間やり切りました。
相手の言葉通りに動くことが誠実さかというと、ちょっと違うんですよね。言葉の一段奥にある本当の課題を見つけて、そこに応える。役に立つというのはそういうことなんだと、この案件で学びました。
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振る舞いの、答え合わせ
独立6年目の秋、私は車で美容室へ向かっていました。朝の8時15分頃、ハンズフリーで電話に出ました。
警視庁を名乗る人物でした。真剣で威圧的な口調で、「捜査への協力」を求める内容でした。その日のうちに、4時間にわたる電話とビデオ通話で誘導された私は、調査に協力するつもりで、口座のお金をすべて、相手が指定する「調査専用の口座」へ移してしまいました。脅し取られたわけではありません。自分では、警察の調査に協力する正しい手続きをしているつもりだったんです。
送金から1時間、待っても連絡が来ませんでした。「警察署に直接行ってみよう」。そこで初めて、騙されたと気がつきました。
その年は、独立してから最高の売上を記録した年でした。それなのに手元の現金はゼロになって、予定納税もクレジットの引き落としも迫っていました。
私は取引先の方々に、正直に話すことにしました。
「特殊詐欺の被害に遭ってしまい……」
隠そうと思えば隠せた話です。でも、助けていただける方を求めて、正直にお話しすることにしました。
皆さん、心配してくださいました。大分への出張中に手持ちのお金が尽きた時は、キッチンカーを営む方がPayPayで送金してくれて、自宅の見回りまでしてくれました。上場企業の会長が話を聞いてくれて、分厚いステーキをご馳走してくれました。別の上場企業の社長は電話で「起きたことはしょうがないのでどう解釈するかだよ。余白を大事にしなさい」と言ってくれました。行きつけのカレー屋のご夫妻は差し入れと手紙を届けてくれて、ロボットコンサルタントの社長は口座に10万円を振り込んで「御礼とかいいから、がんばれよ」と言ってくれました。
事件から2〜3ヶ月で、法人口座には数百万円の余裕が戻っていました。
後日、この話を人にすると、別々の2人の方から、同じ言葉をいただきました。
「それはあなたに人徳があるからですね」
そう言われて初めて気がつきました。これだけ多くの方が手を差し伸べてくれたのは、これまで自分なりに誠実であろうとしてきたことの結果だったのかもしれない、と。答え合わせをしたくて話したわけではなかったのですが、結果として、これまでの自分の振る舞いの答え合わせを受け取ったような出来事でした。
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徳は、長い時間をかけて積まれていく
この章の3つの話を並べてみると、思うことがあります。
IoT計量器の件は、余裕のなかった自分が、目の前の人に尽くしきれなかった話です。板金工場の件は、相手の言葉の奥にある課題を見つけようとした話。詐欺被害の件は、積み重ねてきたものが、一番苦しい時に返ってきた話でした。
徳を積むというと、何か大きなことをするイメージがあるかもしれません。でも実際は、心に余裕を持って目の前の人と向き合うとか、相手の言葉の一段奥を考えてみるとか、その程度の小さなことの積み重ねなんだと思います。それが長い時間をかけて、自分のところへ返ってくる。
「20年30年と関係を続けるつもりで人と接しなさい」というアニキの言葉を、いまも大切にしています。目先の損得ではなくて、長い時間軸で人と関わっていく。徳を積むって、たぶんそういうことなんだろうなと思っています。
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あなたへの問い
この章を閉じる前に、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
- 今日、あなたは「余裕を持って」目の前の人と向き合えていましたか?
- 相手の言葉の、一段奥にあるものを考えたことはありますか?
- あなたが今、誰かのためにしていることは、長い時間の先にどんな形で返ってくるでしょうか?
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